ポルトガル

イベリア半島の西側が領土であるポルトガルにとって海こそが活路の道であり大航海時代に
喜望峰迂回により、インド航路も発見、アフリカ、アジアなどの交易により富を築いた。シントラ
宮は大村、大友、有馬のキリシタン大名の名代として天正の少年使節が招待されたところで、
13歳の少年が2年かかって到着している。バテレン保護の信長の時代に出発し、8年後にバテ
レン追放令をだした秀吉の時代に帰国したことは哀れであった。また、ユーラシア大陸の最西
端となるロカ岬を訪れ、「最西端到達証明書」をいただいた。当時はここが地の果てであった。

小さな画像をクリックすると大きな画像になります